建設現場って、他の業種と比べてもかなり男性比率が高い業界になります。家庭の収入を支えるのはまだ男性という家庭も多くあるでしょう。今回はこの大黒柱的な男性たちをターゲットに工賃について考えてみます。
一つ特徴的なのが、個人事業主として働いている人が非常に多いこと。
私の仕事でも見積りを提出すると、
「職人さんの工賃、高いね~」
と言われることがあります。
3万円、4万円という数字だけを見ると、確かに「1日働いてそんなにもらうの?」と思う人もいるのかもしれません。
では、本当に職人さんの工賃って高いのでしょうか?
今回はちょっと真面目に考えてみたいと思います。
会社員の「給料」と職人の「工賃」は同じではない
まず比較対象として会社員を考えてみます。
国税庁などの統計を見ると男性会社員の平均年収はかなり高くなりますが、平均という数字には高所得者も含まれます。
そこで今回は分かりやすく、
「年収430~500万円程度の会社員」
を一つのモデルとして考えてみます。
会社員には土日祝、盆正月などの休日があります。
厚生労働省の調査を見ると年間休日は120日前後、有給休暇も年間10日以上取得されていますので、実際に働くのは年間230~240日程度と考えると分かりやすいでしょう。
仮に、
年収500万円÷年間235日=約2万1300円/日
です。
こうすると、
「ほら。職人さん3万円なら職人の方が高いじゃん」
となりそうです。
でも、会社員の2万1300円と職人さんの3万円をそのまま比較してはいけません。
会社員の場合、会社が負担しているお金が給料以外にもあるからです。
社会保険料の会社負担分、労災保険、雇用保険、健康診断、福利厚生、交通費、場合によっては家賃手当や退職金などもあります。
さらに会社員なら仕事で使うパソコンや机、事務用品、営業車なども基本的には会社が用意します。
つまり、
「年収500万円の社員を雇うために会社が年間500万円しか使っていない」
わけではありません。
会社から見た本当の人件費はもっと大きい。
これを考えれば、会社員一人を1日働かせるための会社側の負担額は、見た目の日給よりかなり高くなります。
一方、職人さんの「3万円」は給料ではなく売上
ここが今回一番書きたかったところです。
私たちが見積りをするとき、職人さんの工賃として3万円程度を設定することがあります。
経費を別項目として見積りできない場合には、4万円や5万円程度に設定する場合もあります。
では、お客さんから4万円もらったら職人さんが4万円儲かるのでしょうか?
全然違います。
例えば、その4万円の中に、
現場段取りに関わる私たちの人件費、現地調査、採寸、色決め、職人さんとの打ち合わせ、職人さんの工賃、社会保険や一人親方労災などの保険関係、道具代、糊などの副資材、車両費、燃料代、交通費――。
こういったものを含めなければならない場合があります。
現場を一つ動かすだけでも、職人さんが現場に到着する前から誰かが動いているんです。
現場を確認して、採寸して、材料を拾って、発注して、職人さんと打ち合わせして、施工してもらって、完了確認して、請求する。
「職人さんが1日来たから4万円」
という単純な話ではありません。
仮にその中から1万円程度を会社側の段取りや諸経費として考えれば、職人さん側へ回せるのは3万円。
そして、その3万円も職人さんにとっては給料ではありません。
あくまで、
「個人事業としての売上3万円」
なんですよね。
明日も3万円もらえる保証なんてない
会社員との最大の違いはここだと思います。
会社員なら基本的には月給が決まっています。
今週ちょっと仕事が少なかったから、
「今週ヒマだったから給料3割カットね」
とは普通なりません。
有給休暇を取っても給料は出ます。
会社都合で仕事が少ない日があったとしても、それだけで月給がゼロになるわけでもありません。
一方、個人事業主の職人さんは違います。
仕事がなければ売上ゼロです。
現場の都合で工程が延びても仕事が空く。
材料が入らなくても仕事が空く。
前の業者の工事が終わらなくても仕事が空く。
自分が病気になれば、その日の売上はゼロ。
家族の都合で休んでも基本的にはゼロ。
有給休暇もボーナスもありません。
会社員の「日給換算2万円」と職人さんの「売上3万円」は、そもそも背負っているリスクが全く違うんです。
しかも仕事をしていない時間にも仕事をしている
これも個人事業主ならではだと思います。
例えば朝7時に家を出て8時に現場へ到着。
17時まで仕事をして、そこから1時間かけて帰宅。
これだけでも拘束時間は11時間です。
さらに道具の手入れをしたり、翌日の材料を積んだり、元請けと連絡したり。
請求書を作ったり、領収書を整理したり、確定申告をしたり。
こうした時間に、
「はい、ここから時間外手当ね」
なんてものはありません。
3万円という工賃の中から全部やるんです。
道具だってタダではありません
職人さんが現場に持ってくる道具。
毎日見ていると当たり前になってしまいますが、あれも全部お金が掛かっています。
車も必要。
ガソリンも必要。
タイヤも減る。
オイル交換も必要。
電動工具も壊れる。
刃物などの消耗品も必要。
作業着も安全靴も必要。
仕事によっては腰道具や脚立なども必要になります。
個人事業主ですから経費として計上できるとはいえ、
経費になる=タダになる
ではありません。
3万円売り上げて1万円経費を使えば、手元に残るのは2万円です。
税金を計算するときに1万円を経費として差し引けるだけで、1万円が誰かから返ってくるわけではありません。
このあたりも会社員から見ると、なかなか分かりにくいところなのかもしれません。
老後のお金だって自分で考えないといけない
会社員なら厚生年金があります。
企業によっては退職金制度や企業年金などもあります。
個人事業主には基本的にそういった仕組みはありません。
もちろん国民年金はありますが、それだけで十分な老後資金になるとは限りません。
ですから小規模企業共済やiDeCoなどを利用したり、自分自身で貯蓄や投資をしたりして老後に備える必要があります。
会社員なら給料から半ば自動的に積み立てられている部分を、個人事業主は自分で考えなければならない。
逆に言えば、
「今月苦しいから老後資金は積み立てない」
という選択もできてしまいます。
今の手取りだけを見れば個人事業主の方が多く見えることがあっても、その中には将来の自分へ支払うべきお金まで含まれていると考えた方がいいと思います。
「3万円×300日=900万円」でも900万円の年収ではない
例えば、ほとんど材料費の持ち出しがない職人さんがいたとします。
1日3万円。
年間300日働けば、
3万円×300日=900万円。
「年収900万円じゃん!めちゃくちゃ儲かってる!」
と思われそうです。
でも違います。
これは年収900万円ではなく、年間売上900万円です。
しかも年間300日働くということは、週休1日程度でほぼ一年中働いている計算になります。
そこから車両費、燃料費、道具代、消耗品、保険、通信費、税金、社会保険料、老後資金などを負担する。
ボーナスもありません。
退職金も基本的にはありません。
有給休暇もありません。
そして来年も900万円売り上げられる保証もありません。
そう考えると、会社員の年収500万円と個人事業主の売上900万円を、
「900万円の方が400万円も多い」
と単純比較するのは無理があります。
むしろ安定性や福利厚生まで含めて考えれば、相当働いてようやく会社員と比較できる水準になる職人さんも少なくないと思います。
それでも「工賃高いね」と言われる
見積りを出して、
「職人さんの工賃、高いね~」
と言われることがあります。
もちろん、お客さんの立場も分かります。
同じ工事なら1万円でも安い方がいい。
物価が上がって生活も苦しくなっていますから、少しでも支出を減らしたいのは当然です。
でも、ときどき心の中では思うんですよね。
「その3万円、丸々職人さんの給料だと思ってません?」
と。
もっと言ってしまえば、
「あなたはいくらもらっていますか?」
と聞いてみたくなる場面すらあります。
立派な家に住んで、いい車に乗って、身につけているものを見ても明らかに高所得だろうと思われる人から、
「職人の日当3万円は高い」
と言われると、
「いやいや、あなたの生活水準には程遠いですよ」
と言いたくなることもあります。
もちろん実際には言いませんけどね。
むしろ職人さんの工賃は上げていかないといけない
私は今後、職人さんの工賃はむしろ上げていく必要があると思っています。
材料価格は上がりました。
ガソリンも上がりました。
車も上がりました。
工具も上がりました。
作業着も上がりました。
食費も光熱費も上がっています。
だったら当然、人が働く価格だって上がらなければおかしいんですよね。
材料メーカーから、
「原材料価格が上昇したので10%値上げします」
と言われれば、私たちは嫌でも受け入れます。
ところが職人さんが、
「生活費も経費も上がったので工賃を上げてください」
と言うと、
「高い」
と言われる。
これでは人が残らなくなるのも当然です。
特に建設業では職人さんの高齢化や人手不足がずっと問題になっています。
若い人に、
「将来職人になったら稼げるぞ」
と言える業界にしなければ、技術を引き継ぐ人そのものがいなくなってしまいます。
職人さんの工賃を上げるというのは、単に今いる職人さんを儲けさせる話ではありません。
これから先も建設工事をできる人を残していくために必要な費用
なんじゃないでしょうか。
見積書の「4万円」の向こう側
見積書には数字しか書いてありません。
「施工費 40,000円」
と書いてあれば4万円です。
でも、その4万円の向こう側にはいろいろなものがあります。
現場まで走ってくる車があります。
何年もかけて身につけた技術があります。
仕事をするために揃えた道具があります。
保険があります。
税金があります。
仕事がない日のリスクがあります。
病気になったときのリスクがあります。
そして当然、その職人さん自身と家族の生活があります。
表面に書かれた「4万円」だけを見れば高く感じるかもしれません。
でも、その4万円がどこへ消えていくのかまで考えてみると、
「これ、本当に高いのかな?」
と見え方が変わってくると思います。
私自身、仕事柄どうしてもお客さんと職人さんの間に入ります。
お客さんからは「もう少し安く」。
職人さんからは「もう少し上げて」。
両方の気持ちが分かる立場です。
それでも今後どちらを向いていかなければならないかと言われれば、私は職人さんの工賃を少しずつでも上げていく方向だと思っています。
安く仕事をしてくれる人を探し続けるだけでは、いずれ「仕事をしてくれる人」そのものがいなくなります。
見積りの金額を見るときには、ぜひその数字の裏側まで少し想像してみてもらいたい。
職人さんの工賃は「その日の給料」ではありません。
技術を維持し、道具を揃え、移動し、仕事がない日のリスクを背負い、将来にも備えながら、その仕事を続けてもらうための金額です。
そう考えると、今の職人さんの工賃。
高いどころか、私はまだまだ上げていかなければならないと思うんですけどね。