高額療養費制度の自己負担上限額が引き上げになるという話題を見ていて、ちょっと考えました。
「消費税は減税してほしい!」
「社会保険料も下げてほしい!」
「でも高額療養費制度の自己負担は増やしてほしくない!」
こういう声って、あちこちから聞こえてきます。
もちろん気持ちは分かります。
自分が払うお金は少ない方がいいし、自分が受けられる保障やサービスは充実している方がいい。
私だってどちらがいいかと聞かれれば、当然そっちです。
でも、それを全部同時にやるのは無理じゃないかな~とも思うんですよね。
物価が上がれば、制度の金額もずっと同じではいられない
ここ数年、いろいろな物の価格が上がっています。
食料品も上がる。
電気代も上がる。
建設資材も上がる。
人件費も上がる。
当然、医療を提供するために必要な費用だって上がっていきます。
そう考えると、高額療養費制度だけが何年経っても同じ金額のままでいられるのか?という疑問もあります。
一方では、物価や賃金の変化に合わせて、いわゆる「103万円の壁」のような所得税の課税ラインや各種控除についても見直しが進んできました。
税負担が軽くなれば、その分だけ可処分所得は増えます。
だったら社会全体の所得や物価が上がっていく中で、給付や負担の基準についても少しずつ見直されていく。
私は、それ自体はそれほど不自然なことではないと思っています。
もちろん、高額療養費制度を継続的に利用している人は事情がまったく違います。
病気によって仕事ができず、そもそも所得を増やすことが難しい人もいます。
そういう人まで「収入増やせばいいじゃん」で済ませる話ではありません。
所得の低い人には自己負担を抑える仕組みもありますし、本当に支援が必要な人を支える制度は当然必要です。
ただ、
「税金は下げて」
「社会保険料も下げて」
「自己負担も増やさないで」
「給付やサービスは今まで通り、できればもっと増やして」
となると、さすがに全部は成立しないでしょう。
入ってくるお金を減らして、出ていくお金は減らすな。
これを続ければ、どこかで帳尻を合わせなければならなくなります。
これ、会社に置き換えると分かりやすい気がする
この話を考えていて、昨日書いたボーナスの記事にも似ているなと思いました。
会社員が、
「毎日ちゃんと会社に来ています!」
「ルールも守っています!」
「だから給料は上げてください!」
「ボーナスもしっかりください!」
「でも仕事の成果は関係ありません!」
と言っていたら、会社側は困りますよね。
もちろん決められた時間に出勤して、ルールを守って働くことは大切です。
でも、それは基本的には給与を受け取るための基準部分でもあります。
そこからさらに、
「売上をこれだけ増やしました」
「粗利をこれだけ残しました」
「この仕事を効率化しました」
「新しい取引先を増やしました」
という成果があれば、
「これだけ会社に貢献したんだから給料を上げてくれ」
「これだけ成果を出したんだからボーナスで評価してくれ」
と言いやすくなります。
これは非常に分かりやすい。
ところが成果とは別に、
「頑張っている!」
「毎日来ている!」
「自分は大変なんだ!」
と大きな声で訴える人の方が目立ってしまうことがあります。
会社でも社会でも、なんとなく「声の大きさ」が評価に影響してしまう場面がある気がするんですよね。
税金の話も「声の大きさ」になっていないだろうか
税金や社会保障についても似たところがあります。
選挙になれば、
「減税しろ!」
「社会保険料を下げろ!」
という声が大きくなります。
そして実際に減税の話が出てくると、今度は別のところから、
「財源が~~~~!」
という声が出てきます。
もちろん財源について考えること自体は必要です。
むしろ減税するなら、「その分をどこで補うのか」はセットで考えるべきでしょう。
問題は、自分に関係する負担は減らしてほしいけれど、自分が利用する制度やサービスは削ってほしくないという話になりがちなことです。
でも社会全体で考えれば、そんな都合のいい話はなかなかありません。
消費税を減らす。
所得税を減らす。
社会保険料を減らす。
医療費の自己負担は増やさない。
年金は減らさない。
子育て支援は増やす。
教育費も無償化する。
インフラも維持する。
防災にもお金を使う。
行政サービスも今まで通り。
全部できれば最高です。
でも、それをするためのお金はどこから出てくるの?という話になります。
結局、どこかを減らせば、どこかにしわ寄せが出る。
どんな政策でも100%全員が得をするということは、ほとんどありません。
「どう負担を減らすか」だけではなく「どう稼ぐか」
だから最近、もっと違う方向に議論が進まないかな~と思っています。
「どうやったら払う税金を減らせるか」
「どうやったら負担を増やさずに済むか」
「どうやったらもっと給付してもらえるか」
もちろん、これらも大切です。
でも、それと同じくらい、
「どうやったらみんながもっと稼げるようになるのか」
を考えてもいいんじゃないでしょうか。
給料が増える。
企業が利益を出す。
個人事業主も稼ぐ。
投資でも利益が出る。
新しい産業が育つ。
そうやって国全体で稼ぐ金額が増えれば、同じ税率でも税収は増えます。
そして個人の所得が増えれば、多少の物価上昇や制度変更にも耐えやすくなります。
100円の負担を80円にしてもらうことばかり考えるより、自分の収入を1000円から1500円、2000円へ増やせる社会を作った方が、長い目で見れば強いと思うんですよね。
誰にとっても都合のいい制度なんてない
もちろん、病気や障害、家庭環境などによって、自分の力だけではどうにもならない人はいます。
そういう人を社会で支えるために税金や社会保障があるわけですから、そこは守らなければならないと思います。
一方で、働ける人、稼げる人までが、
「負担は嫌だ」
「でもサービスは減らすな」
「もっと自分に有利にしてくれ」
と要求し続ければ、制度そのものが持たなくなってしまいます。
何でも自分の都合に合う社会にしてもらおうとするより、自分が多少の制度変更では困らないくらい稼げるようになる。
企業も社員へ還元できるくらい稼ぐ。
国全体として所得を増やしていく。
そんな方向へ進んだ方が、最終的にはみんな楽になるんじゃないかなと思います。
声の大きい人が得をする社会より、しっかり働いた人、成果を出した人、価値を生み出した人がきちんと報われる社会。
そして、そこで生まれた余裕で本当に支援が必要な人を支える。
私はそんな形の方が健全だと思います。
増税は嫌。
減税はしてほしい。
負担増も嫌。
給付削減も嫌。
気持ちは分かります。
私だって全部そうしてほしいです。
でも、誰にとっても都合のいい制度なんてありません。
だったら「どうすれば負担しなくて済むか」だけではなく、
「多少負担が増えても困らないくらい、みんなで稼げるようにするにはどうすればいいか」
そちらをもっと考える社会になってもいいんじゃないでしょうかね。
みんなでしっかり稼ぎましょう。
その方が、税率が1%上がるか下がるかで毎回ギャーギャーする社会より、よっぽど明るい未来になる気がします。