先日記事にも書いたところですが、「救命病棟24時」を一気見しています。
現在3期まで来たんですけど、見進めるにつれて、ドラマの内容とは別のところで「今の労働環境って、このままで大丈夫なのかな?」という若干の不安を覚えるようになりました。
というのも、3期の舞台は東京に大震災が起こった想定での救命医療がメインシナリオになります。
当然、災害という緊急事態です。
家にも帰れない。
ろくに休憩も取れない。
患者は後を絶たない。
そんな極限状態の中で医師や看護師たちが働き続けます。
作中ではベテランたちが、
「研修医時代、完徹もしたことあるし」
みたいなことを言いながら、
「がんばりますか・・・」
と仕事に戻っていきます。
もちろんドラマですし、20年以上前に作られた作品ですから、現在の労働環境とは違う部分もたくさんあります。
それでも見ていて思ったんですよね。
若い頃にこういった大変な経験をしているからこそ、いざという時に動ける基礎が出来ている部分もあるんじゃないの?
と。
時間をかけて身につけるもの
もう一つ印象的なのが、1期目の小島先生(松嶋菜々子)です。
最初の方は、まぁポンコツ役です。
基礎を身につけていないのか、現場に立ったら頭から飛んじゃうのか分かりませんけど、とにかく全然仕事が出来ない。
ところが回を重ねるごとに少しずつ成長していきます。
長い時間現場に立ち、たくさんの患者を診て、失敗したり怒られたりしながら経験を積んでいく。
そして3期まで来ると、もうかなり出来る先生になっています。
もちろんドラマ上の成長物語ではあるんですけど、仕事って結局こういう部分もありますよね。
知識として「知っている」ことと、実際の現場で「出来る」ことは別物です。
さらに、普通の状況なら出来ることと、追い込まれた状況でも出来ることも違います。
その差を埋めていくものの一つが、やっぱり実務経験と、それに費やした時間なんじゃないかと思います。
効率良く勉強することは出来ても、経験そのものまで効率化するのは難しい。
10回経験した人と100回経験した人。
同じ1年働いたとしても、500時間その仕事をした人と2,000時間その仕事をした人。
もちろん単純に時間だけで能力が決まるわけではありません。
ダラダラ2,000時間やるより、集中して500時間やった方が身につくことだってあるでしょう。
それでも、ある程度の経験量を積むためには、どうしても時間が必要になる。
ここは今も昔も、そんなに変わらないんじゃないでしょうか。
建設業でも似たようなことはある
これは命にかかわる医療現場ということで、ドラマのような緊迫した追い込みが必要になる特殊な世界なのかもしれません。
一方、私のいる建設業では、ここまで命にかかわるような追い込まれ方をすることはそうそうありません。
それでも契約上の工期があります。
「この日までに絶対終わらせないといけない」
という場面は少なからずあります。
「徹夜しろ!」
とまでは言いません。
ですが、一つの現場を終わらせるために、一カ月近くほとんど休みなし。残業もあり。
昔なら、そんな場面もありました。
実際、私も若い頃には経験しています。
当然しんどいです。
二度とやりたくないような現場もあります。
でも、その経験があるから、
「これくらいならまだいける」
「このペースなら間に合う」
「ここから先は本当に危ない」
という感覚も分かります。
自分がどこまで動けるのか。
人がどのくらいの仕事量をこなせるのか。
追い込まれた時に何を優先するのか。
普段なら考える時間があることを、時間がない中でどう判断するのか。
こういうものって、教科書を読んだだけではなかなか身につきません。
「無理をしたことがない」という不安
そこで少し心配になるのが、今の若い人たちです。
これは「最近の若いヤツは根性がない!」みたいな話をしたいわけではありません。
むしろ制度として無理をさせないようになっているので、経験する機会そのものが減っています。
残業時間は管理される。
休日も確保される。
無茶な働かせ方は会社側が止めなければならない。
これは当然、良くなった部分です。
一方で、**自分の限界に近いところまで仕事をした経験もないまま年齢を重ねていく人も増えるんじゃないか?**という心配もあります。
いざという時に馬力を出さなければならない場面が来た時、
「ここからどう動けばいいの?」
となってしまわないのかなと。
さらに、それが40代、50代になって初めて経験する状況だったら、経験的にも体力的にも未知の領域になります。
若い時には出来たかもしれない経験を、体力が落ちてから初めてやることになる。
それはそれで、かなり怖い気がします。
マラソンを一度も走らず本番を迎えるようなもの
私の中では、マラソンに近いイメージです。
30kmまで走った経験がある人なら、
「あと12kmか。キツいけど、もうちょっと頑張ればいけるかもしれない」
という感覚は持てます。
ところが人生で3kmまでしか走ったことがない人に、突然、
「緊急事態だから今日42.195km走って!」
と言っても、自分がどこまで走れるのかすら分かりません。
仕事も似たようなものじゃないでしょうか。
普段から毎日フルマラソンを走る必要なんてありません。
そんなことをしたら身体を壊します。
でも、長い距離を走った経験が一度もないまま、いざという時だけフルマラソンを要求されるのも、それはそれで無理があります。
本当に「休めない時」は存在する
建設業なら最悪、工期を延ばしたり応援を増やしたりして何とか出来るケースもあります。
でも世の中には、それでは済まない仕事があります。
ドラマと同じ医療従事者。
消防。
警察。
自衛隊。
そして災害時に動くさまざまな人たち。
大規模災害が起こった時に、
「勤務時間が終わったので今日はここまでです」
では済まない場面は現実として出てくるでしょう。
特に災害救助では、発災直後の時間が極めて重要です。
そんな時に「今日は疲れたので、続きは明日にしましょう」なんて言っている余裕はありません。
そこにどれだけ踏ん張って対応出来るのか。
その能力には、知識や技術だけではなく、過去に追い込まれた状況を経験したことも少なからず影響するんじゃないかと思います。
長時間労働を復活させたいわけじゃない
もちろん、昔みたいな
「24時間働けますか?!」
を復活させたいわけではありません。
働き過ぎによって身体を壊した人もいます。
過労によって不幸な事故が起こったことも事実です。
だから労働環境が改善されてきたこと自体は、間違いなく良いことだと思います。
私自身、今さら毎月100時間残業しろなんて言われたら絶対イヤですしね。
ただ、
「長時間労働をなくすこと」と「十分な経験を積ませること」は、本来別の問題なんじゃないでしょうか。
労働時間を短くするなら、その短くなった時間の中でどうやって必要な経験量を確保するのか。
昔なら10年かけて経験していたことを、現在の労働時間なら15年かかるのであれば、それでも問題ないのか。
あるいは教育方法を変えて、同じ経験値をもっと短期間で得られる仕組みを作るのか。
単純に働く時間だけを減らして終わりではなく、こちらもセットで考えないといけないように思います。
そしてもう一つ。
若くて体力のあるうちに、一度くらい自分が本気で踏ん張らなければならない状況を経験しておくこと。
これも仕事をしていく上では、案外大事なことなのかもしれません。
毎日無理する必要なんてありません。
むしろ普段はちゃんと休めばいい。
でも、
「無理をさせない」
と
「無理をした経験が一度もない」
は、同じように見えて全然違うんじゃないでしょうか。
「救命病棟24時」を見ながら、そんなことを考えてしまいました。
労働環境が良くなっているはずなのに、なぜか将来のことを考えると少し不安になる。
昔の働き方に戻りたいわけではない。
でも、昔の働き方の中で身につけていたものまで、一緒に捨ててしまってはいないだろうか。
今の働き方を考える時には、労働時間だけではなく、
「その時間の中で、将来必要になる経験をちゃんと積めているのか?」
そこまで考える必要があるんじゃないかなと思います。