ここ一年ほど、住宅業界には逆風ばかりが吹いていました。
建築資材の値上がり、物価上昇、住宅ローン金利の上昇など、住宅を建てる側にも買う側にも厳しい状況が続いていました。
しかし今月に入り、少しだけ流れが変わってきたように感じています。
その理由は、とにかく見積り依頼の件数が増えてきたことです。
もちろん一部には、これまで取り決めた単価で工事をしていた会社が、値上げ後の新しい価格へ切り替えるために改めて見積りを行っているケースもあります。
現在は価格改定後の適正価格を探りながら、「この金額なら発注できる」「この価格なら施工できる」という新しいバランスを作っている最中です。
しかし、それだけでは説明がつきません。
昔から一棟ごとに見積りを行っていた会社でも依頼件数が増えており、住宅着工そのものが少しずつ動き始めているように感じます。
では、なぜ今になって建築が増え始めているのでしょうか。
建売会社は止まり続けることができない
まず一つ目は、建売住宅を扱う会社の事情です。
建売住宅は「建てる→売る→資金を回収する」というサイクルで事業が成り立っています。
販売が停滞したからといって着工を止め続けると、新たな支払いも減りますが、その代わり売上も入ってきません。
会社には従業員の給与や事務所維持費など、工事が無くても発生する固定費があります。
手元資金が減り続ければ、いざ市場が回復した時に建築資金を用意できなくなる可能性もあります。
借入を増やすという方法もありますが、現在は金利も上昇傾向です。
さらに金融機関の再編なども進み、以前ほど思い通りに資金調達できる保証もありません。
そう考えると、体力のあるうちに建築サイクルを元へ戻そうという判断になるのは、ごく自然な流れだと思います。
売れ残っていた建売住宅が減ってきた
もう一つ大きいのは、売れ残っていた建売住宅がかなり減ってきたことです。
今回の物価上昇、特に中東情勢や原材料高騰の影響を受ける前に建てられた住宅は、現在建築する住宅より価格を抑えられています。
購入者から見れば、同じような住宅なら少しでも安い方が魅力的です。
そうした在庫住宅が徐々に売れていけば、当然ながら販売できる住宅が不足してきます。
売る物件が無くなれば、新たに建てなければなりません。
これも着工が増え始めた理由の一つでしょう。
「待つ」から「今買う」への意識変化
購入者側にも変化が見られます。
一時期は、
「もう少し待てば物価が落ち着くのでは?」
「金利もまた下がるかもしれない」
と考える人も多かったように思います。
しかし現状を見る限り、物価も金利も短期間で大きく下がる気配はあまり感じられません。
むしろ「これ以上高くなる前に買ってしまおう」という判断をする人が増えてきています。
今後さらに価格や金利が上昇する可能性を考えれば、今の条件で住宅ローンを組む方が有利だと考えるのも理解できます。
その結果、建売住宅だけでなく注文住宅の見積り依頼も回復傾向になってきました。
業界全体を守るという考え方
もう一つ興味深いのが、業界全体を考えて動き始めている会社があることです。
住宅会社だけで仕事が成り立っているわけではありません。
その先には、大工さん、内装業者、設備業者、電気工事業者、左官業者など、多くの下請け企業があります。
住宅会社が着工を止め続ければ、下請け業者は仕事を失い、廃業してしまう会社も増えていきます。
もちろん適度な競争や淘汰は必要でしょう。
しかし、淘汰だけが進み、新たな事業者が育たない状態になれば、業界そのものが縮小してしまいます。
そのため、「今利益が少なくても建築を続けることで協力会社を守る」という考え方をしている会社も少しずつ出てきているようです。
こうした判断は、短期的な利益だけではなく、数年先まで見据えた経営判断なのかもしれません。
ただし、本格回復とは言い切れない
とはいえ、まだ安心できる状況ではありません。
今回の需要回復は、住宅を購入できる層が一斉に動き始めたことによる部分が大きいように感じます。
つまり、住宅を買える人が増えたわけではありません。
「いつ買うか」を迷っていた人たちが、「今しかない」と判断して動き始めただけとも考えられます。
この需要が一巡すれば、再び厳しい市場環境になる可能性も十分あります。
物価上昇も金利上昇も終わったわけではありませんし、賃上げが十分追い付いているとも言えません。
さらに長期的には、少子化や未婚化というもっと大きな問題があります。
住宅を必要とする世帯数そのものが減っていけば、新築住宅市場は今後さらに縮小していくでしょう。
だからこそ、今少し仕事が戻ってきたからと安心するのではなく、この回復が一時的なものなのか、本格的な流れへ変わるのかを冷静に見極める必要があります。
住宅業界は今、少しだけ明るい兆しが見え始めています。
しかし、その先にはまだ多くの課題が残されています。
目先の忙しさだけを見るのではなく、10年後、20年後の住宅市場まで視野に入れながら、どのように事業を続けていくのか。
今は、その準備を始める大切な時期なのかもしれません。