何事にも通じる事だと思いますが、「客観的事実」を基に判断すればいいものを、「個人的な感情」を組み込んでしまうと、思わぬ失敗につながることがあります。
もちろん感情を持つこと自体は悪いことではありません。人間ですから好き嫌いや期待、不安があるのは当たり前です。
ただ、「判断」をするときだけは、できるだけ感情と事実を切り離した方がうまくいく場面が多いように感じています。
建設業の営業職でよくあるのが、新しい現場へ行った際に近くへ駐車場が無いケースです。
客観的な事実だけを見ると、「駐車禁止の標識がある場所へ停めれば違反」です。
しかし、そこへ個人的な感情が入ると、
「すぐ終わるし…」
「ちょっとだけだから…」
「駐車場が遠くて歩くの大変だし…」
と、自分に都合の良い理由を並べ始めます。
そして結果として駐車違反で反則金や違反点数が付く。
「ちょっとだけ」が通用するなら、そもそも駐車禁止にはなっていません。
結局は最初の客観的事実どおり、「停めたら違反」というだけなんですよね。
同じようなことは現場の職人さんにもあります。
近隣との取り決めで「作業時間は8時~18時」と決められている現場は珍しくありません。
しかし、
「7時半には現場へ着いたから、作業しなければ中へ入っても大丈夫だろう。」
「18時になったけど、片付けくらいなら音も出ないから問題ないだろう。」
そんな判断を現場でしてしまう人もいます。
もちろん私たちとしては、やった分だけ稼ぎになる職人さんには、できるだけ長く作業してもらいたい気持ちもあります。
ですが、それはあくまで感情論です。
近隣との約束は約束。
そこを守らなければクレームにつながり、最悪の場合は現場が止まってしまうこともあります。
目先の30分や1時間を得したつもりが、結果的に会社全体が大きな損をする可能性もあるわけです。
感情で判断すると失敗しやすいのは、仕事だけではありません。
実は私のブログでも同じことがありました。
ほんの5日前、「ワールドカップのベスト8はこうなるんじゃないかな」と予想記事を書きました。
今朝の試合ですべてベスト8が出そろったのですが、7試合は予想通り。
外したのは「ブラジル対ノルウェー」の1試合だけでした。
冷静に客観的な戦力や直近の内容を見れば、ノルウェー有利と考える材料も十分ありました。
それでも私はブラジル勝利を予想しました。
理由は単純です。
日本代表がブラジルに敗れたので、「ブラジルがそのまま勝ち上がってくれれば、日本も良い試合をしたと言えるよね」という、完全に私自身の感情が入ってしまったからです。
試合予想として考えれば、これは客観的な分析ではありません。
自分がそうあってほしいという願望を予想に混ぜてしまった結果でした。
もちろんスポーツは、客観的事実だけで必ず結果が決まる世界ではありません。
だからこそ番狂わせも面白いですし、予想を覆す試合があるから観戦も楽しいんですけどね。
最近ではパチスロも同じです。
仕事帰りに行くことが多いので、それまでは前の人が打ったゲーム数や履歴など、「客観的に見えるデータ」を重視して立ち回っていました。
ところが私の好きな機種はミリオンゴッド。
最近は稼働がかなり落ちてしまい、夜に行っても判断材料になるデータが十分集まっていないことが増えました。
本来なら情報不足なので打たないという判断もあるはずです。
それでも、
「好きだから。」
「ここから○○の展開になれば高設定かもしれない。」
そんな自分に都合の良い解釈をして座ってしまいます。
当然ですが、そのような立ち回りが増えると負ける金額も増えてきます。
データよりも願望を優先しているわけですから、期待値という意味ではマイナスになってしまうのは当然ですよね。
もっと個人的な感情を切り離して、客観的な事実だけを見て立ち回らなければいけないなと反省しています。
こうして振り返ってみると、仕事でもスポーツでも趣味でも共通していることがあります。
「感情」は楽しむためには必要です。
応援したり、好きなものを選んだり、人と付き合ったりする上では欠かせません。
しかし、「判断」をするときは話が別。
感情が入れば入るほど、自分に都合の良い理由を探し始めます。
だからこそ、何かを決断するときほど一歩引いて、「客観的事実だけを見るとどうなのか?」と自分に問いかける癖を付けることが大切なんだと思います。
私自身もまだまだ感情に流されることは多いですが、少しでも客観的事実を優先できるようになれば、失敗する確率も今より減らせるのかもしれませんね。