サッカーワールドカップが終わって数日経ちましたが、それでも話題の中心にはワールドカップ関連のニュースが数多く並んでいます。
その中でも特に目立つのが、審判の判定に関する話題です。
「審判が買収されていたから特定の国を優遇した」
「誤審があったから再試合にするべきだ」
そんな意見を目にする機会が非常に増えました。
実際、日本代表対ブラジル代表の試合でも、「本来ならコーナーキックになるはずだった場面がゴールキックとなり、その流れからブラジルの先制点が生まれた」という判定について、今でも様々な意見があります。
もちろん誤審があった可能性はありますが、それを「故意の贔屓」と考える人もいれば、「人間だからミスはある」と受け止める人もいます。
同じ出来事でも受け取り方は人それぞれです。
そんな中で、一つ気になる記事がありました。
『アルゼンチンをW杯から永久追放しろ! 署名活動にはギネス記録まで迫る2300万件超えの請願「他のすべての国々に公平なチャンスを与えよ」』
という内容の記事です。
その記事には、
「FIFA(国際サッカー連盟)の規律委員会は倫理検察官を任命し、事実関係の評価にあたらせている。」
という一文がありました。
ですが、その倫理検察官の判断は、本当に誰もが納得できるものになるのでしょうか。
仮に厳しい処分としてアルゼンチンの永久追放という結論になれば、アルゼンチン側からは
「FIFAがおかしい」
「倫理検察官が買収されている」
という声が上がるでしょう。
逆に処分が軽ければ、
「結局、忖度しただけだ」
「裏で何か取引があったのではないか」
という批判が必ず出てきます。
つまり、人間が最終判断を下す以上、どんな結論であっても反対する人は必ず現れます。
しかも、「買収されていない」ということを完全に証明するのは非常に難しい話です。
何も無かったことを証明する、いわゆる「悪魔の証明」に近いものがあります。
だからこそ、このような問題は長期間調査を続け、世間の熱が冷めた頃に一部の関係者だけを処分して幕引きを図るケースも少なくありません。
もちろん本当に責任がある人が処分されるのであれば問題ありません。
しかし、組織全体への批判を最小限に抑えるため、責任を一部の人物へ集中させるように見えてしまう対応も世の中にはあります。
その方が組織としての被害は小さく済みますが、処分された本人からすれば納得できる話ではありません。
一方で「誰にも問題はありませんでした」という結論になれば、それはそれで
「隠ぺいだ」
「身内を守っただけだ」
という声が必ず出てきます。
結局、どんな判断をしても全員が納得することはありません。
では、人間ではなくAIが判断すれば公平になるのでしょうか。
最近はAIの進歩も著しく、「AIに任せれば感情に左右されない判断ができる」という意見もあります。
確かに、人間より感情に流されにくいというメリットはあるでしょう。
しかし、そのAIも最初に学習データを与えたり、ルールを設定したりするのは人間です。
何を重視するのか。
どの情報を証拠として採用するのか。
どんな優先順位で評価するのか。
その基準には必ず人間の価値観が入り込みます。
つまり、最終的にはAIも人間の考え方を反映した結果を出しているに過ぎません。
そう考えると、人間が判断してもAIが判断しても、「絶対に公平」という状態を作ることは簡単ではないのでしょう。
選手も審判も、運営も、そして試合を見ている私たちも、みんな同じ人間です。
立場が違えば見え方も違いますし、正義も変わります。
だからこそ、「全員が納得する裁き」を求めること自体が、もしかすると不可能なのかもしれません。
誰にも忖度せず、不正もなく、自らの潔白も証明しながら他人を裁く。
そんな理想的な仕組みが本当に存在するのでしょうか。
ワールドカップ後の様々な騒動を見ながら、改めて「公平な判断とは何なのか」を考えさせられました。