昨日の日曜日、私の地域で何かしらのイベントが開催されていたそうなんです。
ところが、地元に住んでいる私ですら、その存在をまったく知らなかった。
今日、そのイベントでスタッフをしていた知人が、
「いや~昨日、人が全然来なくて暇だった~」
とボヤいていたのですが、そりゃそうだろうと。
私が「だって何のイベントを、いつどこでやってたか誰も知らないんじゃない?」と聞くと、
「インスタのイベントアカウントと、スタッフの個人アカウントでは告知していたみたい」
との返事。
でも、そのアカウントのフォロワーは多くないらしい。
これ、まさに “認知が無い=存在していないのと同じ” という典型例だなと感じました。
私だってブログで「イベントしますよ~」と書いたとして、PVが10やそこらでは、集客につながるはずがありません。どれだけ良い企画だとしても、見つけてもらえなければゼロと同じ。
気がつけば、このブログももう5年。
好き勝手に書き続けてきた結果、意味のある内容もない内容も混ざっているし、必要な人に必要な情報が届ききっていない状況が続いているのだと思います。
他人のイベントの失敗例を見て、ようやく自分の活動にも同じ課題があると気づきました。
■「受動的に待つ」から「自発的に取りに行く」へ
X、Instagram、YouTubeも一応やってはいますが、基本的にはコメントが来たら返すだけという受動的スタイル。
しかし、これでは広がりようがない。
認知を得るには、こちらから新しい接点を作りにいく“攻めの動き”が必要で、
「見つけてもらう」のではなく「見つけに行ってもらえる状態を作る」
仕組みづくりが必須だと痛感しました。
■本音は「来年から頑張ろう」だけど…
ただですね……気持ちとしては「来年から頑張ろう」なんですよ。
人間、何かを始める直前って、つい未来に責任を押し付けがちです。
でも、本当は分かっているんです。
- 「思い立ったが吉日」
- 「明日やろうは馬鹿野郎」
- 「今日が一番若い日です」
どの言葉を見ても分かるように、やるなら今すぐが正解。
認知されない活動を続けても、やっていないのと同じ。
その危機感が芽生えた今こそ、気持ちを切り替え、時間の使い方を変えていくタイミングなんだと思います。
■まとめ:認知こそ“活動の生命線”
どれだけ積み上げても、誰にも届いていなければゼロと同じ。
少しずつでもいいから、今日から“見てもらうための努力”を始めることが大切。
自分の活動が本当に価値のあるものになるのは、
**「誰かに届いた瞬間」**であって、届かなければ存在していないのと変わりません。
まずは小さく、でも「今から」。
気持ちを入れ替えて、行動を修正していこうと思います。