最近 AI を使う中で強く思うことがあります。
「なんで小さい頃からちゃんと勉強してこなかったんだろう?」
■ 過去 ― 早くからパソコンに触れていたのに…
私が中学生か高校生の頃。Windows95 が一気に流行して、家庭にパソコンが普及し始めた時期でした。
うちの家は「これからの時代はパソコンが使えて当たり前になる」という考えで、比較的早い段階からパソコン環境を整えてくれていました。
さらに、23 時~6 時まで定額の テレホーダイ に加入してくれていたので、全国の人とチャットで盛り上がったり、自分でホームページを作ったり、HTML やバナー制作を覚えたりと、それなりに触れてはきたと自負しています。
ただ、問題はそこから先。
C 言語、JavaScript、C++ など「流行っていた言語」をちょっと触っては「やーめた」を繰り返し、どれも中途半端。
結局、どれか一つでも「使いこなせるレベル」まで続けたものはありませんでした。
■ 現在 ― AIを使う時代、避けて通れなくなった“英語とプログラミング”
そして今。
ChatGPT にいろんなものを作ってもらおうとすると、最終的に返ってくるのが、
「Pythonで作るのが良いですよ」・「Python用のプログラムで書きました」
という答え。
当時の主流には Python はありませんでしたが、コンピュータ言語の基本構造は大きく変わらないため、早い段階で一つの言語でも習得していれば、応用もしやすかったと思います。
しかし、どれも中途半端に終わってしまった結果、今こうして AI を活用するにも “基礎の不足” を痛感しています。
そしてそれは 英語 にも通じます。
プログラミング言語の基本はすべて英語。
AI も例外ではありません。
最近「Stable Diffusion で画像生成にも挑戦しよう」と思って見に行くと…
いまだに英語しか対応していない。
ChatGPT に英語プロンプトを書いてもらえば使えるのは分かっています。
でも、自分で理解できないものを操作するのは正直不安ですし、インストール手順も英語が多く、翻訳しても妙な日本語になっていたりして、「これホントに大丈夫?」と尻込みしてしまう。
こういう場面で「英語もっとやっとけば…」と心の底から思うんですよね。
■ 今の子どもたちの価値観 ― “AIがあるから勉強しなくていい”は本当か?
最近の子どもたちの話を聞いていると、
- 「英語はスマホの翻訳あるから勉強しなくていい」
- 「プログラムは ChatGPT に書いてもらえばいい」
- 「分からないことは全部 AI が教えてくれる」
こういう “自分でスキルを持つ必要はない” という風潮があります。
確かに AI は便利です。
ただし「最終判断」はあくまで人間です。
人間の側に基礎的な理解が無いと、AI が出す結果の正しさを判断できません。
間違った情報を鵜呑みにし、気づかないままトラブルになる未来は容易に想像できます。
■ 未来 ― 今は無価値に見える学びほど、後で効いてくる
「今」役に立つかどうかだけで勉強の価値を判断すると、未来に痛い思いをします。
まさに私がそうでした。
- パソコンには早くから触れた
- 環境は整っていた
- 勉強しようと思えばいくらでもできた
でも「目先の楽しさ」を優先して、長く役立つスキルとして身に付けられなかった。
今になって AI 時代が訪れ、過去の選択がそのまま跳ね返ってきています。
逆に今の子どもたちは、環境としては “史上最高の学習環境” を持っています。
AI があるからこそ
「理解を深める」「疑問点を潰す」「効率よく学ぶ」
ということがしやすくなっています。
勉強する価値は逆に昔よりも高まっています。
■ 結論 ― 未来の自分のために、“今”の学びを惜しまないことが大事
どんなスキルでも、どのタイミングで役に立つかは分かりません。
英語も、プログラミングも、パソコンの基礎知識も、AI と付き合ううえでは確実に必要です。
結局のところ、
「その時々で身につけられるものは、すべて身につける」
これが一番の正解なんだろうなと最近つくづく思います。
AI の時代だからこそ、人間側の “基礎スキル” が重要になる。
過去を後悔しつつも、未来のためにまた少しずつ学び直していくつもりです。