高市早苗氏が自民党の新総裁に就任した際のあいさつで、「ライフワークバランスは捨てて馬車馬のように働きます」という発言をしたことが話題になっています。
SNSでは「働き方改革を進める立場なのに真逆の発言だ!」と批判の声も多く見られました。
けれど、少し立ち止まって考えてみると、この“批判”そのものに違和感を覚える人も多いのではないでしょうか。
■ 国会議員は「労働者」ではない
そもそも国会議員という職業は、会社員のように「雇われている立場」ではありません。
自ら手を挙げ、自分をPRし、有権者の信任を得て“選ばれる”存在です。
その意味では、会社の社長や個人事業主に近い存在。
労働基準法の適用を受ける「労働者」ではなく、自らの判断で働き方を決め、辞めることもできる立場です。
むしろ会社の社長の方が、従業員や取引先の責任もある分、簡単には辞められないとも言えます。
ですから「ライフワークバランスを捨てる」と言われても、「そもそもその概念を適用する立場ではない」というのが正確な話なのです。
■ リーダーに求められるのは「バランス」ではなく「覚悟」
これまで災害時の対応を巡って、多くの政治家が批判を浴びてきました。
たとえば、
・能登半島地震の際に新年会に参加していた岸田元総理
・大雨災害時にゴルフをしていた安倍元総理
・台風対応中にマラソンに出場していた安芸高田市の石丸前市長
いずれも「プライベートの時間」や「趣味の活動」を批判されました。
つまり有権者の多くは、**“ライフワークバランス”よりも“公務優先”**を求めてきたということです。
「働きすぎだ」と批判する人ほど、いざ対応が遅れれば「何をやっているんだ!」と怒る。
この矛盾が、いまの社会の縮図なのかもしれません。
■ 東日本大震災が示した“働きすぎでも感謝される瞬間”
東日本大震災の際、当時の枝野官房長官は連日メディア対応を続け、
「いつ寝ているの?」「大丈夫?」と国民から心配の声が上がるほど働いていました。
誰もその時に「ワークライフバランスを考えて休んでください」とは言いませんでした。
リーダーに求められるのは、“休むこと”よりも“覚悟を持って働く姿勢”なのだと、あの時私たちは知っていたはずです。
■ 「ライフワークバランス」の本質を誤解していないか
最近では「ライフワークバランス」という言葉が独り歩きし、
「定時で帰る」「残業しない」だけが目的化しているようにも見えます。
本来の意味は“仕事と生活の調和”であり、
**「やるべき時に全力で働き、休む時はきちんと休む」**というバランスを指すはずです。
国会議員や経営者のように、責任の大きい立場であれば、
「働く」比重が大きくなるのは当然のこと。
それをもって「ライフワークバランスを軽視している」と批判するのは、本質を見誤っています。
■ 副業ブームとの矛盾
一般の労働者にも、「働き方改革」の名のもとに副業を推奨する流れがあります。
でも冷静に考えれば、「副業しないと生活できない社会」そのものが、
ライフワークバランスの欠如を示しているのではないでしょうか。
本来は**“ひとつの仕事で安心して暮らせる社会”**を目指すべき。
「バランス」という言葉を振りかざしながら、
現実は複数の仕事を掛け持ちして疲弊している――そんな矛盾が今の日本です。
■ 批判の矛先を見誤らない社会に
高市総裁の発言は、確かに昭和的な響きもあります。
ですが、もし彼女が本気で「国のために身を粉にする覚悟」を語ったのだとしたら、
それを笑うのではなく、評価するべきではないでしょうか。
リーダーに求めるのは「ほどほどに働く人」ではなく、
「必要な時に命を懸けてでも動く人」。
それこそが政治家という職の本質であり、国民が無意識に求めているリーダー像だと思うのです。
■ 結論:ライフワークバランスを語る前に、「責任の重さ」を見つめよう
“ライフワークバランス”は誰にとっても大切な概念です。
ですが、それを同一線上に置いて語れない職業や立場があることも忘れてはいけません。
高市総裁の発言に過剰反応する前に、
「責任を背負う立場の人」に対して、
どんな“バランス”を私たちは本当に求めているのか――
今一度、考えてみる必要があるのではないでしょうか。