夏の終わりの風物詩といえば「24時間テレビ」。今年も放送されていました。
ただ、私自身は最近あまり日テレ番組を見る機会が減っていたため、正直「今年もやってるんだ!」と後から知ったくらいです。
毎年のように、一部の声では「偽善だ」「番組に多額のコストをかけるくらいなら寄付すればいい」といった批判が出ます。
確かに、そういった見方もあるでしょう。ですが私は「しない善より、する偽善」という言葉を思い出します。
24時間テレビを通して、これまで知らなかった病気や被災地の状況を知るきっかけになったり、普段寄付に縁のない人たちが少しでも意識するようになるのは大きな意義です。寄付で贈られた福祉車両が実際に活用されている姿を見かけることもありますし、学生にとっても部活動の集大成として番組に出演する機会になるのは貴重です。特に文科系部活には「最後の大会」というものが少ないので、こうした区切りの場はとても意味があるのだと思います。
一部の子どもたちにとっては、「24時間テレビを見ながら宿題を終わらせる」そんな夏の思い出にもなっているかもしれませんね。
ただ、今日の本題はここからです。
今回の番組では能登の被災地が多く取り上げられていましたが、政治による支援は十分だと言えるでしょうか?
「自助・共助・公助」という言葉がありますが、あの規模の災害になれば自助や共助だけでは限界があります。本来なら「公助」がしっかり支えなければならないのに、現場からはまだまだ足りないという声ばかり。
難病を抱える子どもたちの問題も同じです。本当に必要な人たちへの公的支援は遅れがちで、制度も複雑。
その一方で政治家は何をしているのかと言えば、選挙のために「減税します」「物価高対策をします」「お金を配ります」と調子の良いことばかり言いながら、実際には何一つ進んでいかない印象です。報道で目にするのは「石破総理は続投か辞任か?」といった政局の話題ばかり。
もし本当に国民に2万円を配るために3兆円規模の予算を確保していたのなら、まずは臨時国会を開いてでもスピード感を持って動くべきです。国民に一律で配るのが難しいのなら、せめて被災地や難病に苦しむ人たちへ、24時間テレビが取り上げているような対象に対してすぐに施策を打ち出して欲しいと思います。
「偽善」だと言われながらも行動している24時間テレビと、言葉ばかりで何も進めない政治。
比べれば「政治はしない善」であり、国民から見ればそれこそ「偽善以下」にすら映ってしまうのではないでしょうか。
24時間テレビは来年もまた開催されることでしょう。
批判の声はあっても、それ以上に「実際に行動している」という意義は揺らぎません。
どうか来年も頑張ってほしいですし、そして政治も少しはその姿勢を見習って、言葉だけでなく実際に行動で示してほしいと願います。