最近変なところに快感を覚えてます

人間、生きていればどこかに「快感」であったり「満足感」であったり、そういったものを持っていないとやってられない気がしませんか?

仕事で成果を上げた時の達成感。

趣味で良い結果が出た時の満足感。

あるいは、美味しいものを食べたり、ゆっくり休んだりするだけでも幸せを感じることがあります。

人によって何に満足感を覚えるのかは違うでしょうけど、こういった感覚って日々の生活の中では結構大切なものだと思うんですよね。

私自身、仕事の中でも十分に達成感や満足感を得られていると思っています。

ところが最近。

自分でも「なんでこんなことで喜んでるんだ?」と思うような、ちょっと変なところで快感を覚えるようになってきました。

それが何かというと……。

「AIにちょっとだけ勝った気がする瞬間」です(笑)

超優秀なAIにも、ちょっとした見落としがある

私、日々のブログ更新や業務改善のためのツール開発などで、かなり頻繁にAIを利用しています。

ブログの記事を構成してもらったり、プログラムを作ってもらったり、分からないことを調べてもらったり。

今では仕事以外の時間でもAIとやり取りする機会がかなり増えました。

そんな中で、時々あるんですよね。

「あれ?それちょっと違わない?」

「いやいや、その情報は出てたはずだけど?」

と感じる場面が。

例えば昨日の記事でもそうでした。

昨日は「GMOに関するサイバー攻撃の報道」を題材に記事を作成していました。

その際、報道されている内容を踏まえて記事案を出したのですが、AIからこんな趣旨の回答が返ってきました。

「身代金や報奨金については、確定した情報が確認できないため、明言は避けましょう」

もちろん、情報の正確性を重視する姿勢は大切です。

特にサイバー攻撃のような事件では、誤った情報が広がることもありますからね。

ただ、私自身は比較的信ぴょう性が高いと思われる報道を確認したうえで記事案を出しています。

そこで、

「身代金は100万ドル、情報提供に対する報奨金は1億5000万円と報道されていますけど、情報はありませんか?」

と、改めて確認してみました。

すると、追加で情報を確認したAIからは、

「その内容で報道されていますね。記事を修正しましょう」

という回答が。

「ほら!やっぱり合ってたじゃん!」

……と、ここでちょっと嬉しくなる私(笑)

冷静に考えると、比較すること自体がおかしい

ただ、ここで少し冷静に考えてみます。

AIがやっていることって、相当すごいんですよね。

私が書いた約2000字の記事案を読み取って、文章の意味を理解し、必要な情報を確認しながら、構成を整えて加筆修正する。

それをわずか数秒から数十秒程度でやってしまうわけです。

人間が同じ作業をしようと思ったら、そんな短時間では到底できません。

「そんな短時間で全部できるわけねーだろ!」

という声が聞こえてきそうです。

一方で、私がAIに伝えている情報はどうでしょう?

ニュースを見たり、関連する報道を調べたり、これまでの経験と照らし合わせたり。

その時に調べた情報だけではなく、過去に何時間、何十時間、場合によっては何百時間もかけて積み重ねてきた知識や経験も含まれています。

それらを総動員してAIと話をしているわけです。

つまり、

「膨大な情報を高速処理するAI」と「長い時間をかけて情報や経験を積み重ねてきた人間」

を比較しているようなもの。

そもそも情報の集め方も、処理する時間軸も違います。

それなのに、たった一つ情報を先に知っていただけで、

「よし!AIに勝った!」

なんて喜んでいるんですから、我ながら変な話ですよね(笑)

でも、これって自分の努力が認められた感覚なのかも?

ただ、最近思うんです。

この満足感って、単純にAIの間違いを見つけたことが嬉しいわけではないのかもしれません。

むしろ、

「自分がちゃんと調べていたことが確認できた」

という達成感に近いんじゃないでしょうか。

普段、何かを調べたり勉強したりしていても、その知識が正しかったのかどうかを確認できる機会って、意外と少ないものです。

仕事であれば成果として表れることもありますが、ニュースや社会情勢などの情報収集では、そう簡単には結果が出ません。

ところがAIと話をしていると、自分が持っている知識を確認する機会が頻繁に訪れます。

しかも相手は、世間で「何でも知っている」「超優秀」と思われているAIです。

そんな相手に対して、

「いや、それは違うと思うよ?」

と指摘して、実際に自分の認識が正しかったと確認できる。

これって、ちょっとしたテストで正解したような感覚なのかもしれません。

しかも、相手が優秀だと思っているほど、その満足感も大きくなる。

「私だってちゃんと勉強して調べてたんだよ!」

という、自分の努力が報われたような気持ちになるんですよね。

そもそもAIは最新情報を全部知っているわけではない

もっとも、AIの仕組みを考えれば、こういったことが起こるのは不思議でもありません。

AIは膨大な情報をもとに学習していますが、世の中で起こった出来事がすべてリアルタイムで知識として追加されているわけではありません。

特に最新のニュースについては、必要に応じてインターネットなどから情報を取得しなければ、正確に回答できないこともあります。

また、検索しても必要な情報を見つけられなかったり、情報の信頼性を判断する過程で慎重な回答になったりすることもあります。

つまり、今回のように私が先に報道を確認していた場合、AIよりも詳しい情報を持っていることがあっても何ら不思議ではないんです。

そもそもAIが情報を知らなかったというより、最初の確認で必要な情報にたどり着けなかっただけなのかもしれません。

さらに言えば、私が新しい情報を伝えたからといって、それがそのままAIの知識として学習されるわけでもありません。

会話の中で情報を追加すれば、その情報を踏まえた回答はできますが、それとAI自体が新しい知識を身につけることは別の話です。

こうして仕組みを理解してみると、

「AIに勝った!」なんて喜んでいること自体、かなり大げさな話なんですよね。

でも、それでいいんです。

だって嬉しいんですから(笑)

AIを使うようになって、勉強する楽しみが増えた?

以前にもブログで書きましたが、AIが普及したことで「自分で調べなくても答えが出る」という環境になってきました。

確かに便利です。

分からないことがあれば質問すればいいですし、難しい文章でも要約してもらえます。

でも、私は逆にAIを使うようになってから、自分で調べることの面白さを感じる機会が増えた気がします。

AIの回答をそのまま受け取るのではなく、

「本当にそうなの?」

「別の考え方もあるんじゃない?」

「それについては、こっちの情報もあるよ?」

と、自分の知識と照らし合わせながら会話を進めていく。

そうすると、AIから新しい知識を得られるだけでなく、自分が持っている知識の確認にもなります。

時には自分の認識が間違っていたことに気付くこともありますし、逆にAIの回答に不足している情報を補えることもあります。

こういったやり取りを繰り返すことで、単純に答えを教えてもらうだけでは得られない楽しさが生まれているように感じます。

そして、その中でたまに訪れる、

「今回は私の方が詳しかったな!」

という瞬間。

これが最近の私にとって、ちょっとした快感になっているわけです。

こんなことで喜んでいる人、他にもいませんか?

考えてみれば、相手は人間ではなくAIです。

勝ったところで賞金がもらえるわけでもなければ、誰かに褒めてもらえるわけでもありません。

ましてや、AIが悔しがるわけでもありません。

それでも、超優秀な相手に一瞬でも勝ったような気がする。

たったそれだけで、妙に満足感が得られるんですよね。

実際には、AIの情報確認が追いついていなかっただけかもしれませんし、単に私が先に知っていただけの話です。

それを「勝った」と表現するのも、ちょっと違うのかもしれません。

でも、人間の満足感なんて案外そんなものじゃないでしょうか。

他人から見ればどうでもいいようなことでも、本人にとっては嬉しい出来事だったりします。

私の場合、最近はそれがAIとのやり取りの中で起こっているというだけ。

AIがどんどん賢くなっていく時代に、AIにちょっと勝った気になって喜んでいる人間。

何とも小さな快感です(笑)

でも、こういった感覚を持っている人って、実は結構増えているんじゃないでしょうか?

AIを使う人が増えれば増えるほど、こうした場面に遭遇する機会も増えていくでしょうしね。

皆さんはAIと会話していて、

「おっ!今回は自分の方が詳しかったぞ!」

なんて、ちょっと嬉しくなった経験はありませんか?

私だけだったら、それはそれでちょっと恥ずかしいですけどね(笑)

投稿者: クロス

約20年のインテリア(内装工事)の実績から、住宅購入者のお悩み解決できたらいいなと思いサイトを立ち上げました。 これから住宅を購入検討されてる方へのアドバイスや、賃貸物件でのお役立ち情報も出せたらいいなと思っています。最近プライベートな記事も多いですが

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