ルールが厳しくて、本質はおいてけぼり

なんだか最近、何にしてもルールだけどんどん厳しくなって、圧迫感を感じないですか?

建設業ももちろんルールだらけ。

法律的なルールもあれば、その会社ごとのルールもあります。建設している地域の近隣ルールなんかもあります。

もちろん近隣ルールに関しては、周囲に住まれている方のご理解のもとで建てているので、現実的な部分に関しては協力しないといけないのは当然です。

ただ、「17時現場退場」と近隣と取り決めした中で、1分でも遅れた瞬間に通報とかはさすがに厳しいな~って思います。

同様に厳しいな~と思うのが、安全書類関連になります。

これまでは紙の書類が多く残っていたので、作業員名簿にしても再下請契約書にしても紙ベースで話をしていました。そのため多少の間違いなども容認されていました。

それが最近は、すべてデジタルのアプリケーションを使ったものになります。

基本的な台帳はそのアプリケーションに入力したうえで、別途作業員名簿など他のものも入力が必要です。

例えば作業員名簿の方に「職長」と入れていても、アプリケーションの方で職長となっていなければ不備として返ってきます。

再下請契約書の日付とアプリケーションの日付が1日でもズレていたら、それも不備として返ってきます。

でもこれらの情報って、「誰がどのポジションでどのような動きをするのか?」というのを把握するのには、これでも良いんです。

「元請けがちゃんと下請けさんに対して支払いできるような契約をしているのか?」などを把握することも大切です。

昔は「再下請契約書とか細かい書類が無くても、約束したんだからちゃんと支払いする」ということが当たり前の、いわば性善説で成り立っていたので良かったんでしょう。

ところが、支払いをしないで持ち逃げするような輩が出る。

だから、元請けがちゃんと契約書を締結したかまで確認するようなルールが出来る。

有資格者が必要な工事なのに、「バレなければいいや」と無資格者を入れる人がいる。

だから資格を確認するルールが出来る。

安全対策を「面倒だから」とやらない人がいるから、安全に関するルールが増える。

結局、守らない人がいるからルールが出来るんですよね。

これは仕方がないことではあるんですけど、そこで困るのが、これまでまともにやってきた事業者になります。

なにせ今ではAIがあります。

こういった書類の不備を一言一句すべてチェックされ、少しでも差異があればすぐ不備として返ってきます。

世間のルールとしては、「工事の契約をすべて終わらせてから契約書を結んで着工する」となっています。

でも実際の現場は、

「明日入れる人いない?」

なんて具合に、直前になって段取りする機会もあります。

すると必要な書類としての契約書は、工事に掛かった後に締結することに。

それでも話のつじつまを合わせるために工事着工前の日付を付けます。

すると書類とアプリケーションの入力の日付が合わないなんてことはザラに起こるんですよね。

でも本質として問題なのは「日付」ではなく、「下請けさんにちゃんとお金が払われること」なんですよね。

有資格者が必要なのであれば、大事なのは「必要な資格を持った人がきちんと配置されていること」。

みんな必要な資格を持っているのであれば、「誰が職長として登録されているか」という入力上の違いより、現場でちゃんと役割分担されて安全に作業されていることの方が大切なはずです。

少しでも違えば全部「不備」ではなく、適正に対応されている中での「誤差」くらいなもんです。

そこを不備としてしまうのであれば、元請けさんも、

「そもそも契約書が完了していない段階で人を入れるべきではない」

「契約書が出来るまで工事止めちまえ!」

と思うのですが、今度は、

「お客さんとの契約を守れないから止められない」

となるわけです。

だったら結局、どっちなんだ?って話なんですよね。

ルールを完全に守ることを最優先にするなら、書類が揃うまで現場を動かさなければいい。

でも現実には工期を守らないといけない。

だから書類上ではルールに合わせながら、現場では現実に合わせて動くという、なんとも不思議なことになっています。

結局、書類上のやり取りなんて適当になってしまいますし、本来の仕事を止めてまで書類に向かわなければいけないというのは、最終的には顧客に対する値上げの要因にもなっています。

工事費全体の10%くらいは「無駄な書類作成」に関わる費用と言ってもいいくらい、時間も手間も掛かっています。

元請けさんはこのアプリケーションの利用料も払うので、下手すると10%じゃ利かないかもしれません。

物価上昇の一因には、こういった「無駄なルールを作って、無駄な手間を掛けさせる」ことで値上がった部分もあるんじゃないでしょうか。

もちろん、こういったルールが出来た背景には「ズルして儲けよう」という人間がいたからに他なりません。

誰かを騙す人がいる。

約束したお金を払わない人がいる。

危険だと分かっていても「バレなければいい」と考える人がいる。

自分だけ得をすればいいと考えて、周囲を裏切る人がいる。

そういう人が出てくるたびに、

「じゃあ、こういうことは禁止しましょう」

「証明するためにこの書類を出してください」

「信用できないので、こちらにも同じ情報を入力してください」

と、新しいルールが一つずつ増えていくんでしょう。

考えてみれば、ちょっと寂しい話ですよね。

本当は周りも自分も、みんなが当たり前のことを当たり前にやればいいだけなんです。

仕事を頼んだら、約束したお金を払う。

資格が必要なら、資格を持っている人が作業する。

危険なことはしない。

約束したことは守る。

間違えたら直す。

相手を騙して自分だけ得をしようとしない。

たったそれだけのことを、みんなが当たり前に出来るのであれば、それを証明するための書類なんて必要ないはずです。

「ちゃんと払いますよ」

「分かりました」

それで済むなら、契約書を何枚も作って、同じ内容を別のシステムに何度も入力して、一文字違うから不備だなんてやり取りをする必要もありません。

ところが現実には、それでは信用できない人がいる。

だからルールが出来る。

ルールが増えれば、それをすり抜けようとする人が出てくる。

すると、さらに細かいルールが出来る。

そして最後には、最初から真面目にやっていた人まで大量のルールに縛られることになります。

一方で、ルールや資格でガチガチに縛るからこそ、その抜け道を見つけて出し抜こうとする人もいるのが原因とも言えます。

なんだか「ルールを守らせるためのルール」が増え続けて、本来何のために作ったルールだったのか分からなくなっている気もします。

マジメにやってた人が要らぬ手間を取られ、これまでOKだったものがダメ出しされて、訳の分からないものに手を取られるので本業が遅れていく。

いくらデジタル化やAIでチェックが効率的になったからと言っても、それ以上に不要な負担が増えていく状況ってどうなんですかね?

ルールを増やすことが目的ではなく、本来守りたかったものがちゃんと守られているか。

そこを見る方が大事なんじゃないでしょうか。

もちろん現実には、性善説だけではどうにもならないからルールが必要なんでしょう。

それでも、

「そんなこと、わざわざルールにしなくても普通にやるでしょ」

とみんなが言えるような世の中だったら、今あるルールの半分くらいはいらなくなるのかもしれません。

誰かを騙さない。

誰かを裏切らない。

約束したことは守る。

そんな当たり前のことで世の中が回るなら、それが一番効率的なんですけどね。

性善説だけで生きていける世の中がいいな~と思いました。

投稿者: クロス

約20年のインテリア(内装工事)の実績から、住宅購入者のお悩み解決できたらいいなと思いサイトを立ち上げました。 これから住宅を購入検討されてる方へのアドバイスや、賃貸物件でのお役立ち情報も出せたらいいなと思っています。最近プライベートな記事も多いですが

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