京都で発生した小学生の失踪事件。
消防団員や警察、地域の方々が何度も捜索していた場所からカバンや靴が発見されたという報道があり、その後見つかった遺体が失踪していた子供本人であると確認されたとのことでした。
原因や経緯についてはまだ分からない部分も多く、何とも不思議で、そして非常に悲しい事件です。
こういった事件が起きるたびに、「もっと早く見つけられなかったのか」「どこかで手掛かりがあったのではないか」という思いがどうしても頭をよぎります。
今回の事件以降、小学校でも携帯電話の所持を認める方向に変わり、居場所を追跡できるような対応を取るという話も聞きました。
確かに、親が子供の位置情報を確認できるというのは安心材料の一つになるでしょう。
しかし、現在の仕組みは基本的に
「親が子供の位置を確認する」
という個別の利用に留まっています。
ここで私がふと思ったのが、
現場管理アプリのような仕組みを応用できないのか?
ということでした。
「登校」「帰宅」を記録するだけでも意味がある
例えば、学校単位で
- 「○○小学校」
- 「○○中学校」
といったグループを作り、
- 登校
- 下校
- 帰宅
といったタイミングを、勤怠管理のように記録できる仕組みがあればどうでしょうか。
学校にいる時間帯だけでも、GPSで位置が記録されていれば
- 最後に確認された場所
- 移動した経路
- どの時点で異常があったか
といった情報が、後から客観的に確認できるようになります。
これは監視のためというよりも、
「何が起きたのかを後から検証できる」
という意味で非常に重要だと思うのです。
捜索活動でも「記録」が残ることの意味
今回のような失踪事件では、
- 警察
- 消防
- 消防団
- ボランティア
など、非常に多くの人が関わります。
その際、
- 誰が
- いつ
- どこを
- どのように
捜索したのか。
これがすべて記録として残っていたらどうでしょうか。
例えば、
「この時間帯には、この場所には確かに何も無かった」
という情報が明確に残っていれば、
- 捜索範囲の絞り込み
- 時間経過の推定
- 事件性の判断
など、捜査の精度は確実に上がるはずです。
実際、現場仕事でも同じことが言えます。
「誰がどこで何をしたか」
この記録が残っていないと、
- トラブルの原因が分からない
- 作業の抜け漏れが分からない
- 責任の所在が曖昧になる
という問題が必ず起きます。
逆に言えば、
記録が残っているだけで問題解決の速度は一気に上がる
というのが現場の実感です。
消防や災害対応にも応用できる
この仕組みは、失踪事件だけに限りません。
例えば火災現場。
- 消防団員
- 消防職員
- 応援部隊
などが一斉に集まります。
その際、
- 現場への招集
- 到着時間
- 活動時間
- 活動場所
が自動で記録されていたら、
- 出動状況の把握
- 人員配置の最適化
- 活動実績の確認
が非常にスムーズになります。
さらに言えば、
消防団員のように
ほぼボランティアに近い立場で活動している人たち
にとっては、
- どれだけ活動したか
- どれだけ時間を使ったか
という実績を客観的に示すことにも繋がります。
これは決して小さな意味ではありません。
行政の業務管理にも使える
もう一つ、少し踏み込んだ話になりますが、
行政機関の業務管理にも応用できると思います。
例えば、
- 勤務時間中の行動
- 外出業務の内容
- 現場対応の履歴
これらが適切に記録されていれば、
- 業務の透明性
- 公平性
- 不正の防止
にも繋がります。
もちろん、
「行動を管理しすぎるのはどうか」
という意見が出てくるのも理解できます。
ですが現実には、
何か問題が起きたときに
「よく分からない」
という状況ほど困るものはありません。
技術的にはもう作れる
ここで重要なのは、
この仕組みは
技術的にはすでに実現可能
だということです。
- スマートフォン
- GPS
- クラウド
- グループ管理
- 通知機能
これらはすべて既に存在しています。
つまり問題は、
技術ではなく運用と責任の問題
なのです。
最大の課題は「誰が作るのか」
こういった仕組みを、
- 個人
- 民間企業
が作ることは可能です。
しかし現実的には難しい。
理由は単純で、
キャッシュポイントが無い
からです。
安全や公共性に関わる仕組みほど、
利益だけでは成立しません。
だからこそ、
- 国
- 自治体
- 行政
といった公共側が主導しないと、
本格的な普及は進まないと思います。
便利すぎることへの不安もある
もちろん、
- 行動がすべて記録される
- 常に位置が分かる
という状態に対して、
不安や抵抗感があるのも当然です。
私自身も、
何でもかんでも管理される社会が良いとは思っていません。
ですが一方で、
何か重大な出来事が起きたときに
- 手掛かりが無い
- 記録が無い
- 検証できない
という状況も、同じくらい問題だと思うのです。
「何も分からない」を減らすために
今回の事件は本当に痛ましい出来事でした。
ですがこういう出来事が起きたときに、
単に悲しむだけで終わるのではなく、
- どうすれば防げたのか
- どうすれば早く見つけられたのか
- どうすれば次に活かせるのか
を考えることが、
社会として大切な姿勢なのではないかと思います。
GPSで移動経路を記録する仕組み。
これは監視のためではなく、
「後から検証できる社会」を作るための道具
だと思います。
完璧な解決策にはならないかもしれません。
ですが、
「何も分からない」
という状況を一つでも減らすために、
こういう仕組み作りは必要なのではないか。
そんなことを考えさせられた出来事でした。