昨日の記事で「学生の起業や副業」について触れましたが、その流れで「同一労働同一賃金」についても少し誤解が多いなと感じる部分があります。
特に若い世代に多いのが、
「同じ時間、同じ仕事をしていたら同じ給料になるんでしょ?」
という勘違いです。
しかし現実はそんなに単純ではありません。
今日は「成果に応じた賃金」という観点から、この誤解を整理してみたいと思います。
■ 成果が違えば賃金も違って当然
わかりやすい例として「おむすび屋さん」で考えてみましょう。
- Aさん:1分で1個作れる(1時間で60個)
- Bさん:5分で1個作れる(1時間で12個)
同じ「おむすびを握る」という労働内容でも、成果は5倍の差があります。
もし成果に完全連動で給料を払うとしたら、
- Aさん:1時間 1200円
- Bさん:1時間 240円
となってしまいます。しかし現実には「最低賃金」というルールがあるので、Bさんにも1200円程度は払わなければなりません。するとAさんの取り分を大幅に増やすことはできず、むしろ「できる人ができない人の分を補填する」という状況になります。
つまり現実の多くの会社では、
- Aさん:1500円
- Bさん:1200円
というように差は付けつつも、成果に見合わない調整が行われているのです。
■ 建設業での「見習い」と同じ構図
この構造は建設業にも当てはまります。
昔は「見習い期間」というものがあり、超低収入でスタートするのが当たり前でした。親方のもとで必死に技術を学び、1日でも早く一人前になるために努力する。その過程で「安い賃金しかもらえない」というのは自然なことだったのです。
しかし現在は最低賃金法があるため、未熟な見習いにも一定以上の給料を払わなければなりません。その分は親方が自分の取り分を削ってでも面倒を見るしかなく、結果として「人を育てにくい」環境になっています。
一方で、動画編集やプログラミングなどの分野では「お金を払って学ぶスクール」が一般的です。つまり「学びの期間は逆に投資」と考えるわけです。建設業の見習いも本来はそうあるべきですが、今は「学びながら給料もらうのが当然」という風潮に変わってしまっています。
■ 最低賃金の仕組みを見直す時期では?
最低賃金の存在は労働者保護のためには必要ですが、一方で「成果を出せる人が報われにくい仕組み」を固定化してしまっています。
できない人が守られすぎることで、できる人のモチベーションが下がり、経済全体の生産性も上がらない。
結局これは「働かない人間に足を引っ張られる」構図であり、景気が良くなるはずがありません。
必要なのは「同じ労働時間に同じ賃金」ではなく、
「成果に応じて正当に評価される賃金体系」
へのシフトだと思います。
■ まとめ
「同一労働同一賃金」という言葉を「同じ時間・同じ作業なら同じ給料」と捉えている人がいますが、本質はそこではありません。
本来は「成果・役割に応じた公正な報酬」を目指すべきです。
- 成果を出せば出した分だけ報われる
- 見習いは本来「お金をもらう」より「お金を払ってでも学ぶ」意識で取り組む
- 出来ない人が自分の出来る領域への転職をすることで成果の出る企業の少数精鋭化と人手不足の解消に寄与する
そんな仕組みに変えていかない限り、日本経済全体が停滞していくのではないでしょうか。
明日は関連テーマとして「AI就職氷河期」について書いてみたいと思います。