ニュース見ていてびっくりしました。埼玉県の自民党県連からの条例改正案で【子どもの虐待】に関する条例で、「小学1年生~3年生で子供だけで外で遊んでいれば虐待・留守番しても虐待・子供だけの通学も虐待」なんて条例案が出されていたんですね。
両親共にいる場合でも共働きしている場合、子供が留守番して帰りを待っていても虐待だそうです。片親で子供を育てている方なんかは子供が学校に行っている時間以外は働いて稼ぐことも出来なくなる条例ですね。
最近では地域の見守り隊のようなボランティアが交差点に立ったり通学に立ち会ったりと地域で子供たちを見守ろうという雰囲気がありますが、私が子供の頃はそんなもんありませんでした。
子供たちだけでみんなで集まって山に行ったり川に行ったりもしていましたが、現代ではそういった子供も少なくなっています。私の場合が現代だったら両親はずーっと虐待両親だったという事になりますね。
昔に比べると核家族化は進みましたし、地域行事に参加して近所の人と係わってお互いに知り合いみんなで育てるという風潮も無くなりつつありますし、離婚率が上がったことにより片親での子育て世帯が増えたという事もあります。
不審な事件も多くなったので子供だけで〇〇するという事が危険性を伴うというのは理解できますが、大人たちが子供たちをどんどん世界を狭めるような施策をしていく事でがんじがらめになって萎縮していっているような気がします。
「遊びに行ってきま~す」と言っても「子供だけで行っちゃダメ!」と言われれば次第に出なくなっていくでしょうし、「学校行ってきます」と言っても「ついて行きます!」となります。家で遊んでいても「買い物行くから付いてきなさい!」と強制もされます。
あまり極端な政策を出すことが「子育て支援・子育てしやすい環境を作る」という事にはならないと思うんですけどどうなんでしょう?私自身が子育てしていないので無理解なのかもしれませんし「してから言え」とも言われそうですが、現在の政治・経済・社会全体を主導して進めている人の大半は子供の時からある程度自由にアレコレ出来てきた人達ではないかと思うのですよ。
欧米のように子育てに関する規制や制約を作っていきたいのはわかりますが、文化的にも元々の違いもありますし、社会的な安全性に関しても欧米に比べればかなり安全という状況にあります。支援体制は同じようになっていないのに「保護者にかかる負担だけ欧米と同じにしろ」という政策には些か横暴な感じを受けるのですよね。
スポーツや塾など子供たちがやりたいという事に対して大人たちが全力でサポートするような関わり合いというのは絶対的に必要だと思いますし、現代でもそういった子供が社会に出てきた時に両親や地域の人に対しての感謝や尊敬といった感情を目の当たりにしている事も踏まえると、外野がとやかく言うのは違うのかな~っと感じました。
いま政治に関わっている人間というのはそこら辺の現場感というか状況というのは全く見えていないんですかね?自分に投票してくれる人への自己保身しかない感じなんですかね?
なんか変な世の中になっている感じがより強く感じるニュースでした。
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