昔ながらの葬儀など訃報の連絡。残して欲しいとこもあるな~

今日のお休みは、普段から付き合いのある職人さんや他社の営業さんなどが集まって、ゴルフに行ってきました。

仕事上の付き合いがある人たちとはいえ、日頃から頻繁に顔を合わせる人ばかりではありません。

こういった機会は、仕事の情報交換をする意味でも貴重な時間だったりします。

もちろんゴルフがメインなんですけど、プレー中や休憩中の雑談から、普段は耳に入ってこないような話を聞くこともあるんですよね。

そんな今日の雑談の中で、ちょっとショックな話を聞くことになりました。

何気ない雑談から知った恩人の訃報

「○○さんも亡くなったし、うちの地域も大変だよ~」

そんな話が出てきました。

話していた人にとっては、ごく普通の近所の話題だったんだと思います。

ただ、私にはその名前にちょっと心当たりがありました。

話している人の住所も知っていますし、亡くなったという方の住所も知っています。

「あれ?もしかしてその○○さんって、私の仕事をやってくれてた○○さん?」

そう聞き返したところ、まさにその人でした。

いや、正確に言えば「私の仕事をやってくれていた職人さん」というだけの関係ではありません。

私を育ててくれた人の一人と言ってもいいくらいの相手です。

私が今の会社に入社した頃から、ずっと気にかけてくれていた人でした。

仕事の進め方はもちろん、物事の良し悪しや現場での対応、職人さんとの付き合い方など、本当にいろいろなことを教えてもらいました。

振り返ってみると、私が若い頃に一番指導してくれた人だったかもしれません。

時には厳しく言われることもありましたけど、今となってはそういった経験も含めて、ありがたかったな~と思います。

年齢も私の父親と近く、第二、第三の父親と言ってもいいくらいの存在でした。

その方が仕事を引退されたのが、確か4年ほど前。

最後にお会いしたのも、その頃だったと思います。

それ以来、直接顔を合わせる機会はありませんでしたが、まさか亡くなられていたとは・・・。

しかも話を聞く限り、亡くなられてから既に1年近く経っているようです。

なんとも言えない気持ちになりました。

昔なら回ってきていた訃報の連絡

人が亡くなるというのは、避けて通れないことです。

どれだけお世話になった人でも、どれだけ大切な人でも、いつかはお別れする日がやってきます。

それ自体は仕方のないことだと思っています。

ただですね・・・。

昔だったら、こういった訃報ってどこかしらから連絡が回ってきていたと思うんですよね。

「○○さんが亡くなったらしいよ」

「お通夜は○日の○時からだって」

「葬儀は○○で行われるみたい」

直接の親族でなくても、近所の人や仕事関係の人、知人から知人へと話が伝わっていました。

私のように仕事で長く付き合いがあった人間であれば、どこかの段階で耳に入っていたんじゃないかな~と思います。

ところが最近では、家族葬という形がすっかり一般的になりました。

近親者だけで静かに見送り、葬儀が終わるまでは外部に知らせない。

場合によっては、葬儀が終わってからも特に周囲へ知らせないということもあります。

もちろん、それぞれの家庭に事情があることは理解しています。

葬儀そのものにかかる費用も決して安くありません。

大勢の参列者を迎えるとなれば、準備も大変ですし、遺族の負担も大きくなります。

大切な家族を亡くして悲しんでいる時に、参列者への対応に追われるというのも大変でしょう。

そう考えると、家族葬という選択が増えていること自体は、時代の流れとして自然なことなのかもしれません。

ただ、その一方で失われてしまったものもあるように感じるんです。

葬儀は亡くなった人のためだけにあるのだろうか?

そもそも葬儀って、誰のために行うものなんでしょうね?

もちろん、亡くなった方を送り出すための大切な儀式です。

宗教的な意味合いもありますし、故人を弔うという目的もあります。

でも、私はそれだけではないと思っています。

むしろ残された人たちが、亡くなったという現実を受け止め、心の整理をするための場でもあるのではないでしょうか。

亡くなったという連絡を受ける。

お通夜や葬儀に参列する。

お世話になったことを思い出しながら、最後のお別れをする。

遺族の方にお悔やみを伝え、同じように故人を知る人たちと昔話をする。

そういった一つ一つの行動を通じて、少しずつ気持ちに区切りをつけていく。

葬儀には、そんな役割もあると思うんですよね。

今回の私のように、亡くなったことすら知らないまま時間が過ぎてしまうと、その機会すらありません。

元気だった頃の記憶だけが残っていて、突然「実は1年近く前に亡くなっていた」と聞かされる。

頭では理解できても、気持ちの方がなかなか追いつかないんですよね。

それが今回、一番寂しく感じた部分なのかもしれません。

昔ながらの葬儀には、人を成長させる側面もあった

少し話は変わりますが、葬儀というものには、残された人を成長させる側面もあるのではないかと思っています。

私が高校生だった頃の話です。

同級生の友人に、若くして母親を亡くした人がいました。

そして高校生の時には、父親まで亡くしてしまったんです。

まだ高校生だった友人が、喪主として葬儀に臨むことになりました。

当時は今のような家族葬ではなく、親戚や近所の人、仕事関係の人など、多くの参列者を迎える大掛かりな葬儀でした。

その中で友人は、喪主としていろいろな対応をしなければなりませんでした。

大勢の大人たちを前に挨拶をする場面もあったと思います。

高校生という年齢で、両親を失う悲しみを抱えながら、そういった役割を果たさなければならない。

想像するだけでも大変なことです。

もちろん、そんな経験はしないで済むなら、その方がいいに決まっています。

ただ、葬儀が終わって休み明けに会った友人は、それまでとは何かが違って見えたんですよね。

一皮も二皮もむけて、大人になったように感じたことを今でも覚えています。

それは葬儀だけが理由ではなく、両親を失ったという大きな出来事や、その後の生活に向き合わなければならない現実もあったのでしょう。

それでも、あの葬儀で大勢の人たちと向き合い、喪主として役割を果たした経験も、彼にとって大きなものだったのではないかと思います。

そんな友人も、今では立派な「お父さん」をしています。

あの頃のことを思い出すと、人が亡くなった時に周囲の人たちが集まり、残された人を支えるという昔ながらの仕組みにも、大切な意味があったんじゃないかな~と感じるんです。

家族葬が悪いわけではない。でも・・・

もちろん、今回の話で家族葬そのものを否定したいわけではありません。

家族だけで静かに見送りたいという気持ちも分かります。

葬儀に多額のお金を使うより、その後の生活を大切にしたいという考え方もあるでしょう。

故人自身が「葬儀は身内だけでいい」と希望している場合だってあります。

それぞれの家庭が決めることであって、周囲が口を出すようなことではないと思っています。

ただ、「葬儀に呼ばないこと」と「亡くなったことを知らせないこと」は、必ずしも同じではないんじゃないでしょうか。

例えば、葬儀は家族だけで済ませるとしても、後日、故人と長く付き合いのあった人たちに訃報を伝える。

それだけでも違うと思うんですよね。

もちろん、誰とどんな付き合いがあったのか、遺族がすべて把握しているわけではありません。

連絡先が分からない場合もあるでしょうし、そこまで対応する余裕がないことも理解できます。

それでも、昔ながらの地域や仕事関係のつながりの中で、自然と訃報が伝わっていく仕組みには、残しておきたい良さがあったように感じます。

特に仕事関係の場合、家族が知らないところで長年の付き合いがあることも珍しくありません。

今回の方だって、私にとっては人生の大先輩であり、仕事を教えてくれた恩人です。

でも、ご家族からすれば、私は数多くいた仕事関係者の一人に過ぎないのかもしれません。

そこに認識の違いがあるのは当然のことです。

だからこそ、昔のように人から人へと訃報が伝わっていくことにも意味があったんでしょうね。

知らないままお別れしていたという寂しさ

今回、亡くなられたことを知ったのは、たまたまゴルフに行った先での雑談でした。

もし今日、その話題が出ていなかったら?

もしかすると、私はこの先もずっと知らないままだったかもしれません。

そう考えると、なんだか寂しいものがあります。

亡くなってから既に1年近く経っているようなので、今さら何ができるというわけでもありません。

ただ、休み明けには一度ご自宅の方に連絡してみようと思っています。

ご家族の都合もあるでしょうから、無理にというわけではありませんが、可能であれば仏壇にでも手を合わせさせてもらえたらな~と。

若い頃からお世話になったこと。

いろいろなことを教えてもらったこと。

今の自分があるのも、あの頃に指導してくれた人たちのおかげだということ。

そんなことを思い出しながら、少しでも感謝の気持ちを伝えられたらと思っています。

投稿者: クロス

約20年のインテリア(内装工事)の実績から、住宅購入者のお悩み解決できたらいいなと思いサイトを立ち上げました。 これから住宅を購入検討されてる方へのアドバイスや、賃貸物件でのお役立ち情報も出せたらいいなと思っています。最近プライベートな記事も多いですが

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