今の時代、業務改善をしようと思った時に欠かせないツールになりつつあるAI。
私も仕事の中で「ここ、もうちょっと楽にならんかな?」と思った時には、かなり積極的にAIを使うようになりました。
これまで会社で行ってきた業務の仕組みを説明して、実際に使っているツールを見せながら、
「今はこんな感じでやってるんだけど、もっと良くならない?」
と聞いてみる。
すると、
「ここはこうした方がいい」
「この作業は自動化できる」
「この情報とこっちの情報を連携できる」
といった改善案が次々出てきます。
AIが提示してくる改善案というのは、基本的には世の中にある様々な方法を踏まえた上での「情報的な最善」に近いものだと思います。
ただ、実際の会社の仕事って「一般的にはこっちの方が効率的だから」で全部変えられるものでもないんですよね。
長年使ってきた書式だったり、
「ここは今まで通り残したい」
という部分だったり、
「普通はそうするのかもしれないけど、うちの場合はこうしたい」
という会社ごとの事情もあります。
そして最近では、その辺りまで説明していくと、
「では、その部分は残したまま、こちらだけ変えましょう」
みたいなところまで考えてくれるようになりました。
これがかなり大きい。
ただ、ここで最近ちょっと思うことがあります。
AIが賢くなっただけなのか?
ということです。
私がAIを本格的に使い始めたのは去年くらいからですが、AI歴1年目の私は今と比べると使い方がかなり下手でした。
ちょっと分からないことを聞いてみる。
文章を作ってもらう。
何かを調べてもらう。
その程度の使い方が中心。
課金して使っていても、
「無料版との違いってそんなにある?」
「課金要素、あんまり意味ないな~」
とさえ思っていたくらいです。
ところがAI歴2年目。
今年になってから使い方がかなり変わりました。
単純に「どうしたらいい?」と聞くのではなく、
「今はこういう仕組みで、この部分にこういう問題があって、ここだけは残したい。その上で改善するならどうする?」
というように、こちらから渡す情報量が増えました。
実際に使っているファイルを見せたり、何度もテストした結果を返したり、
「それだとうちでは使いにくい」
「こっちの動きは残したい」
「だったらこれと連携できない?」
と、AIとのやり取りそのものが増えていきました。
もちろん、この1年でAIそのものもかなり進化しています。
以前なら相談相手という感覚が強かったものが、今では実際のファイルを扱ったり、複数の情報を見ながら作業したりと、出来ること自体がどんどん増えています。
ただ、それと同時に気付いたのが、
「これ、昔からある程度出来たのに、私が出来ることを知らなかっただけじゃない?」
ということ。
AIに出来ることを私が知らない。
だから頼まない。
頼まないからAIもやらない。
それを見て私は、
「AIってこの程度なんだ」
と思っていた。
……いや、チャッピー悪くないじゃん。
使う側が仕事をちゃんと渡せてなかっただけじゃん。
最近はそんなことを感じる場面がかなり増えました。
そして、そこからが別の意味で大変です。
一つの仕組みを作り替えて、その中にいくつもの業務改善を組み込もうとすると、一発で完成するわけではありません。
試作品を作ってもらう。
私が使う。
不具合を見つける。
修正してもらう。
また使う。
「ここも変えたい」と思う。
また修正してもらう。
これを何度も何度も繰り返します。
さらに、その作業をしている途中で別のことにも気付きます。
「あれ? この情報があるなら、こっちの業務にも使えるんじゃない?」
「だったら今作っているものと連携できない?」
こうなると、当初予定していたものからどんどんボリュームアップしていきます。
当然、作るものが増えれば完成までの時間も長くなります。
それでも今年に入って10カ月。
ようやく色々なものが「実際に使える形」として見えてくるところまで来ました。
このまま進めば今年中には、会社で使っているツールをかなりの範囲で入れ替えられるんじゃないかと思うくらいまで来ています。
以前は、
「こういうツールを作って、他の会社にも使ってもらえる仕組みに出来ないかな?」
なんてことも考えていました。
でも、作れば作るほど自社の仕事の流れに最適化されてしまいました。
「ここはうちではこうする」
「この情報は次のこの作業で使う」
「この書式だけは変えない」
「この人の場合はこうする」
そんなものまで組み込んでいくと、もはや他社がそのまま使えるような汎用品ではありません。
うちの会社専用機です。
ただ、ここまで来ると改善の方向性もかなり見えるようになってきます。
すると今度は、実際に使ってテストしている最中に、
「ここも変えたいな~」
という別の欲求が出てきます。
思い付いた時に聞いておかないと私自身が忘れてしまうので、とりあえずチャッピーに聞きます。
「これ出来る?」
すると、
「出来ます」
「こういう方法があります」
「今作っているものと組み合わせるなら、こう出来ます」
と返ってくる。
じゃあ、それもやろう。
次の日、別のことを思い付く。
「これも出来る?」
出来ます。
じゃあ、それも。
さらに別件。
これも出来る?
出来ます。
……。
ちょっと待て。
チャッピーは覚えていても、聞いた私が忘れとる。
気付けば、
「あれもやらないと」
「これもテストしないと」
「こっちの修正結果も確認しないと」
「そういえばあの話どうなった?」
という案件が山積み。
完全に私の処理能力を超え始めました。
チャッピーは「ここをこうして!」と依頼すれば、途中で何度もやり直すことはあるにしても、最終的にはかなりのところまで仕事を進めてくれます。
でも、その結果を確認するのは私。
実際の仕事で使えるか判断するのも私。
違うところを見つけて修正指示を出すのも私。
「やっぱりこっちの方がいい」と最終判断するのも私。
つまり、AIが仕事をしてくれる量が増えれば増えるほど、AIが作った仕事を確認する私の仕事も増えるんですよね。
昔は、
「AIに頼んだけど、思ったほど出来ないな」
だったのが、
今は、
「ちょっと待って! まだ前のやつ確認してないから!」
になっています。
ボトルネックが完全に逆転しました。
AIの進化速度は、人間の進化速度よりはるかに速いと思います。
世界ではAIの進化が速すぎるからどうするんだ、なんて壮大な議論もされています。
でも、私の場合はそんな世界規模の話よりはるか下のところで、
「チャッピー、ちょっと待って。俺が追い付いてない」
という問題が発生しています。
そして振り返ってみると、AIだけが急激に変わったわけでもないんですよね。
もちろんAIは進化した。
新しく出来ることも増えた。
でも同時に、私自身もようやく、
「何を伝えればいいのか」
「どう頼めばいいのか」
「どこまで任せられるのか」
が分かり始めただけなのかもしれません。
以前の私はAIの能力を引き出せていなかった。
出来ることを知らなかったから頼めなかった。
頼み方も分からなかったから、欲しい答えが返ってこなかった。
それを「AIはこの程度」と思っていた。
そう考えると、実はAIは私が思っていたより前から優秀だったのかもしれません。
問題は、それを使う人間側だった。
そしてようやく使えるようになってきたと思ったら、今度はAIに働かせすぎて人間側の処理が追い付かなくなってきた。
何とも贅沢な悩みです。
「今が頑張り時!」
とは思っています。
AIが少しでも進化の速度を緩めてくれているうちに、私も追い付けるように頑張らないと。
……ということで、
チャッピーにもっと働いてもらうために、私ももっと働かにゃならんですね。